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鹿児島地方裁判所 昭和50年(ワ)34号 判決 1979年4月27日

原告 橋口正知

被告 日本電信電話公社

代理人 泉博 北原久信 浦田重男 ほか八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実並びに本件処分を記載した辞令には具体的な記載がないことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件処分を記載した辞令に具体的な記載のないことをもつて、本件処分が無効である旨主張するが、本件全証拠によるも分限免職の辞令に具体的な記載を要するとする根拠は見出せず、しかも、原告が就業規則五五条一項六号に該当するとして免職されたことは当事者間に争いがないところであつて、<証拠略>によると右具体的な免職事由は原告に告げられていることが認められるので、いずれにしても原告の右主張は採用できない。

三  原告は、就業規則五五条一項六号に該当する事由が存しないから本件処分は無効であると主張するので、以下右処分の効力について検討する。

公社法三一条は、被告の職員はその各号に該当する場合を除き、その意に反して、降職され、又は免職されることがないと定めているところ、<証拠略>によると、就業規則五五条一項は公社法の右規定をうけて免職事由を具体的に定め、その六号において「その他その職務に必要な適格性を欠くとき」を掲げていることが認められる。

ところで、公社法三一条所定の分限制度は、被告業務の能率の維持及びその適正な運営の確保の目的から、同条に定めるような処分権限を任命権者に認めるとともに、他方、被告の職員の身分保障の見地からその処分権限を発動しうる場合を限定したものである。分限制度の右のような趣旨、目的に照らし、かつ、同条に掲げる処分事由が被処分者の行動、態度、性格等に関する一定の評価を内容として定められていることを考えるときは、同条に基づく分限処分に対しては任命権者のある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものである。ことに、その分限処分が免職である場合、現に就いている職に限らず、転職の可能な被告の他の職をも含めてこれらすべての職から排斥され、これにより被告の職員としての地位を失うという重大な結果をもたらすことになるものであるから、右処分を選択するについては特に厳密、慎重であることが要求される。

右の分限制度の趣旨に照らせば、公社法三一条三号及びこれをうけた就業規則五五条一項六号の「その職に必要な適格性を欠くとき」とは、当該職員の簡単に矯正することができない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して、その職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が高められる場合をいうものと解される。この意味における適格性の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴してこれを判断するほかなく、その場合、個々の行為、態度につき、その性質、態様、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それら一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけてこれを評価すべく、さらに当該職員の経歴や性格、社会環境等の一般的要素をも考慮する必要があり、これら諸般の要素を総合的に検討したうえ、当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連においてこれを判断しなければならない(最高裁昭和四八年九月一四日判決、民集二七巻八号九二五頁参照)。

ところで、被告は極めて高度の公共性を有する公衆電気通信事業を国内において独占的に担当する政府の全額出資にかかる公法人である(公社法一条、二条、五条、公衆電気通信法五条の二)。このように極めて高度の公共性を有する公法上の法人であつて、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであつて、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているのであるから(最高裁昭和四九年二月二八日判決、民集二八巻一号六六頁参照)、被告の職員が、精神的肉体的な原因に基づいて具体的職務の遂行に必要な専門的知識、技術及び具体的職務の処理能力を欠く場合だけでなく、勤務外において被告の社会的評価の低下毀損を招くおそれのある行為に出、それが他の諸要素をも加味して考えると、単なる一過性のものでなく、被告業務の運営上支障となるべき矯正しがたい属性を徴表していると認められる場合には、「職務に必要な適格性を欠くとき」に該当すると解されるのである。

四  そこで、被告の職員としての身分を排除しなければ、被告業務の運営に支障となるような矯正しがたい属性が原告に認められるか否かを検討する。

1  昭和四九年三月二四日の事件について

<証拠略>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四九年三月二四日午後四時二〇分ころ、鹿児島県姶良郡隼人町内山田三六八番地A方前路上に車を停め、同家に立ち至つたが、玄関は内側から鍵がかかつていたので裏口に廻り、台所の勝手口から引き戸をあけて入つて声をかけたところ、一人で留守番をしていた同人方の四女B子(当時一七歳、高校二年生、以下「B子」という。)が隣の居間から出てきた。

(二)  原告が勝手口の土間で初対面のB子に新村家の所在を尋ねたところ、同女は「裏の方ですよ。」と教え、原告が外に出ていくそぶりであつたので、そのまま居間に戻つた。

(三)  ところが、原告は外には出ないで、その場の傍の食台の上に置いてあつた野菜包丁を右手に取り、靴を脱いで台所の板の間に上りこんで、B子のいる居間の方に近づいた。そして、その気配に気付いたB子が板の間に出て「何か用ですか。」と尋ねたところ、原告は「あんた一人ね、どこの高校ね、ちよつと話があるんだが。」とB子に話しかけた。その際、B子は原告が後手にした腰のあたりに野菜包丁を隠し持つているのに気付き驚いて逃げようとした途端、原告はいきなり左手でB子の左手首をつかんで引き寄せ、包丁をB子の目の前に突きつけ、低い声で「騒ぐと殺すぞ。」と脅迫した。

(四)  B子は必死に抵抗してつかまれた手を振り切るとともに、たまたま右手に持つていた本のケースを原告の顔めがけて投げつけ、原告が一瞬ひるんだ隙に勝手口から素足で外へ飛び出して隣家に助けを求めた。このため、原告は持つていた包丁を台所に捨て、靴をはいて停めてあつた車で加治木町方面へ逃走した。なお、原告がA方から金品を奪取しようとした形跡は全くない。

(五)  原告は同日午後五時ころ、加治木町内で通報を受けて検問中の警察官から職務質問を受け、そのまま国分署に連行されて緊急逮捕された。

<証拠略>中右認定に反する部分は<証拠略>に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、A方台所の土間でB子に対し、新村宅の所在を質問するという訪問の目的を果し終り、同女が一たん居間に引き下つた後に、あえてその場にあつた野菜包丁を手にしたうえ板の間に上りこみ、再び台所にあらわれた同女に対し「あなた一人ね、ちよつと話があるんだが。」などと話しかけ、驚いて逃げようとする同女を捕えて包丁を突きつけ「騒ぐと殺すぞ。」と脅迫しているのであつて、これら原告の一連の言動から考えると、原告は当日訪問したA方でB子が一人で留守番をしているのを認めるやこれに乗じ、同女に対し野菜包丁で脅迫してでもみだらな行為に及ぼうとして本件を敢行したものと推定するのが相当である。

原告は、A方で包丁を手にした理由として、吠えかかる犬を追払うために包丁を持つたにすぎない旨主張し、<証拠略>中にはこれに副う部分がある。なる程、<証拠略>では、当時A宅では犬が飼われていて鎖に繋がれていなかつたものの、原告の行為によりB子が戸外へ逃げ出すまでの間は同犬が吠え立てた様子も窺われないうえ、右証言によれば右飼い犬とは愛玩犬であるマルチーズにすぎないことが認められるのであつて、仮に同犬が吠えたとしても、これを追払うために大の男が他人の家の台所にある野菜包丁を手にするなどということは通常考えられないこと、包丁を持つた理由がもし原告の主張のとおりとすれば、原告が逮捕された当初の昭和四九年三月二五日付司法警察員に対する供述調書(<証拠略>)の中でそのように述べられて然るべきであるのに、脅迫した理由、方法はよく憶えていない。脅迫の理由、方法は熟慮したうえあとで供述する趣旨を述べていることからみて、原告の主張に副う<証拠略>は信用できないものといわなければならない。

また、原告が土間から板の間に上りこんでB子を脅迫した理由について、<証拠略>では、犬が吠えかかるにもかかわらず、B子がテレビを見ているので文句を言おうという気持と、B子の身体つき、ミニスカートの状態、ませた印象から何かのきつかけで話をすれば同女と親しくなれるのではないかという妙な気持から板の間に上がり話しかけたところ、B子が逃げ出そうとするので騒ぎ立てられないよう包丁で脅迫したとの記載があるのに対し、<証拠略>では、B子に文句を言おうとして板の間に上がり話しかけたところ、B子が逃げ出そうとするので、同女のこれまでの態度に腹が立つていたことから脅迫したとしており、その間の供述に相違、変遷があり、これを前記認定事実に照らして考えると、原告が単にB子の態度に文句を言おうとしたことだけから板の間に上りこみ脅迫に及んだという点は、いずれも不自然なもので、これらの点はにわかに信用することができない。

なお、原告は<証拠略>はいずれも原告が逮捕されて気も動転していたため捜査官のいうまま作成されたものであると主張する。しかし、右各供述調書は原告の署名押印にかかるものであり、原告の意思に基づかないものとは認められず(この点に関する原告本人の供述は信用できない。)、<証拠略>に照らしても原告の意思に反し捜査官の意のまま作成されたものとは認め難い。

その他前記推定を左右するに足りる証拠はない。

2  右事件の新聞報道について

右事件について昭和四九年三月二五日、二六日にかけ数社の新聞により鹿児島県内一円に大々的に報道されたことは当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、新聞報道のうち一紙は原告の地位を労組執行委員とし、四紙は被告の職員としているもので、いずれもそのような地位を見出しに掲げて女性を脅迫した概要を報道していることが認められる。

3  刑事処分の存在

右事件により原告は略式手続による公訴の提起をうけ、罰金二万円に処せられたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は正式裁判を請求することなく昭和四九年五月八日右刑が確定し、右罰金を納付したことが認められる。

4  右事件後の原告の態度

<証拠略>によれば、原告は右事件により逮捕、勾留され同年四月二日に釈放されたが、その後も現場責任者たる加治木電報電話局長や機械課長に対し何ら連絡をとることをせず、右局長から数回にわたり事情聴取のための呼出を受けたにもかかわらずこれに応じようとせず、ようやく同年五月二五日に出局し事情聴取に応じた際も反省の様子がなく、被告側からの度重なる始末書提出の要請に対してもついにこれを提出しなかつたことが認められる。

原告は右呼出に応じなかつたのは組合活動が忙しいにもかかわらず何ら用件を告げられなかつたことと、右事件については組合と被告側との間で処理されると思つていたためであり、始末書を提出しなかつたのは既に口頭で局長に対して事情を説明していたからであると本人尋問において供述しているが、逮捕、勾留がなされた重大な事態の後で局長からの呼出があれば用件は自ずから明らかなはずであり、被告の職員として新聞報道もされた後の原告の態度としては余りにも自己中心的で誠実性に欠けるものといわなければならない。

5  昭和四八年八月下旬の事件について

<証拠略>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  昭和四八年八月下旬の深夜、鹿児島県姶良郡加治木町内をC子(当時高校三年生、以下「C子」という。)がマラソンの途中で疲れたため一人で歩いていると、原告の車が通りかかつた。C子はその車の動静から身の危険を感じ横道にそれたが、その後も何かつけ廻されているような感じがして同級生(男子高校生)の家の門に隠れた。ところが、その先で車が停まり原告が降りて門のところに来て同女を見つけ、「こんなところで何している。警察の者だが、今夏休みで夜を見廻りしているところだ。」などと話しかけた。C子が突嗟に「ここの家の者だ。」と言い逃がれたところ、原告は一旦引きあげたが、C子が同級生を呼び出し事情を話して家まで送つてくれるよう頼んでいるところへまた原告が現われ、「警察の者だが、車があるので家に送つてやる。」と申し向け、C子は一人では危ないと思い同級生と二人で車に乗つた。その途中の車の中でC子が「警察手帳を持つているか。」と尋ねたところ、原告は「今署に置いている。嘘と思うなら二人とも警察に連れていく。」というので、そのまま自分の家まで送つてもらつた。

(二)  C子は家に帰つても眠れず、午前三時ころ、加治木警察署に電話し、応対に出た白石刑事に対し「少年の補導係の者だがと言つて変なことがあつた。加治木署の少年係の刑事が夜警に廻つているか。」などと問い、事情を説明した。白石刑事は明朝加治木署に来るように告げた。翌朝C子は昨夜の同級生と一緒に加治木署に出頭し同署員の面通しをしたが原告はおらず、白石刑事は、ちよつと様子がおかしい、また電話で呼出してくるかもしれないから、その時は連絡してくるよう伝えてC子らを帰した。

(三)  数日後の午後八時ころ、原告からC子に電話があり、最初自己の名も告げずに「友達が君のことを好きらしく会いたいと言つている。出てきてくれないか。」などと話しかけた。C子は声の感じから数日前会つた車の人物と直感し、それを確かめると原告は最初否定していたが、何度も問いつめた結果、「実はそうだ。そのことについて話したい。」ということであつた。原告は初め遠方の木田地区あたりを指定し、C子がこれを断わると幼稚園を指定した。しかし、これもやはり遠方であるため、結局午後八時半、加治木電報電話局の後ろの児童公園で会うこととなつた。

(四)  C子は早速白石刑事に通報し、到着した同刑事と打合せして児童公園に出向いた。一〇分位すると公園のまわりを一台の車が二、三回行つたり来たりしたので、C子が道に出ると、原告は交差点の真中で車を停め、C子に乗るように言つてドアを開け、引張ろうとしたので、C子はドアにしがみつき、原告に車から降りてくるよう懇請した。原告が車から降りたころ付近に隠れていた白石刑事が現われ、C子にこの男かと確認したが、同刑事は原告を以前知つていたので、その顔を見て「橋口か。」と言い、C子を家に帰らせた。白石刑事は原告に「少年係の者と紛らわしい言動をしたらいかん。」と注意を与え、警察手帳を持つてきていなかつたので名刺を渡して原告を帰した。

右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし措信できない。

右認定の事実からすれば、原告は深夜一人歩きの女性に異常な興味を覚え、少年係の警察官であるが如き言動を用いてC子に接近し、これをきつかけに不純な目的からC子を呼出したものと推定される。

この点につき、原告は、深夜一人歩きをする若い女性を善意で注意したにすぎない旨主張する。しかし、前記各証拠によつて認められる原告の言動からすれば、単なる善意から注意したにすぎないものとは到底認められず、他に右推定を左右するに足りる証拠はない。

6  その他の越軌行為

原告が抗弁6の(一)の訓告処分、同(二)の文書注意処分、同(四)の二回に亘る停職八か月の懲戒処分を受けたことは当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、抗弁6の(三)の事実を認めることができる。

原告は抗弁6の(一)、(二)及び(四)について既に処分を受けているので、これらを本件処分の理由とすることは二重の処分をすることになると主張するが、本件処分は分限処分であつて、その場合に過去の処分歴を考慮するのは職員の適格性を判断するうえでむしろ必要的というべきであり、これをもつて二重の処分を課すものということはできない。

以上のように、原告は、若い女性に対し二回に亘つて破廉恥な反社会的行動をとり、特にBに子対する脅迫事件においては逮捕勾留されて、新聞等にも報道され、略式命令により罰金に処せられたもので、これにより被告に対する社会的信用は著しく損われたものと判断され、これに右事件後の原告の態度、原告の過去の処分歴等の諸事情を総合すれば、原告をこのまま被告の職員としてとどめておくことにより、多数の女子職員をかかえ、一般国民と直接接する機会の多い被告業務の適正かつ能率的な運営に支障があり、又は支障を生ずる蓋然性が極めて高いものというべく、原告の右のような属性は永続的なもので、にわかに矯正し難いものと認められる。その故、原告が被告の職務に必要な適格性を欠くとして企業外に排除されるのも止むを得ないところであつて、被告が原告に対してなした本件処分は合理性があり、有効である。

五  原告は、本件処分は熱心な労働運動家である原告を被告から排除するため、警察、被告ら当局者が事情を針小棒大に言い立て、これに組合幹部が同調してなしたもので、信義則に反し公平の理念に反する旨主張するが、前記認定のとおり本件処分を相当とする分限免職事由が存するのであつて、原告を不当に排除しようとしたものとは認められないから、これを採ることはできない。

また、原告は、本件処分は原告の生活状況に対する考慮を欠いている旨主張するが、分限制度の趣旨からみて職員の生活状況は適格性の有無の判断とは相容れないものというべくただ分限免職処分のもたらす重大な結果の故にこれを選択するについては特に厳密、慎重であることが要求されるところ、本件処分において原告主張の事情を考慮しても、裁量権の濫用にわたるような事由は認められないから、原告の右主張は採ることができない。

さらに、原告は被告の他の職員に対する過去の処分事例に比し著しく重きに過ぎ、公平の理念に反し無効であると主張するが、<証拠略>によつて認められる処分事例はいずれも懲戒処分のそれであり、分限処分が被告の職員としての適格性の見地から判断されるものであることからすれば、単に右事例との軽重の比較をもつて公平を欠くものとは言い難く、この主張も採用できない。

六  以上のとおり、原告に対する本件処分は有効であり、これが無効であることを前提とする原告の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大西浅雄 林五平 森高重久)

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